公認会計士とアスリートデュアルキャリア推進機構の代表理事のパラレルワークで活躍する、元タイガース奥村武博さんインタビュー(後編)
プロ野球選手で培ってきた能力が認められた。
野上実際に会計士になってから、なる前との変化などはありましたか?
奥村周りの反応が変わりました。それまでは「こんな難関試験、プロ野球選手なんて野球しかしてきてないのだから受かるわけがない」ということを面と向かって散々言われ続けていたんですけど、受かった瞬間に「やっぱりプロ野球選手って集中力がすごいよね」とか「9年も諦めずに続けられるなんて、根性が違うよね」というように。
やはり合格という結果が出せたことで説得力が出たからだと思いますし、いい反応かなとすごく思います。自分にも自信がつきましたし、その分責任感も出てきました。プロ野球選手からの引退や、飲食店のアルバイトで感じた野球選手とのギャップ、試験にも受からない日々などの挫折の繰り返しで、どんどん自信がなくなっていった期間があったので。
そのハードルを越えることができて自信がつきましたし、プロ野球選手から初めて公認会計士になったということで、話題性もありましたので。自分で言うのもなんですが(笑)。物珍しさもあり、様々なところでお引き合いを頂くようになりました。引退してからの方が野球界により深く、広く関われるようになりましたし、野球以外のスポーツ領域にも関われるようになりましたね。
プロスポーツ選手の選択肢を広げることができはじめている。
野上それは公認会計士に限らず、デュアルキャリアの方でも関わりも持てていっているからなのでしょうか?
奥村そうですね。スポーツ選手にキャリア支援とファイナンスの両面でサポートをさせていただいているからだと思います。実際に、クライアントはプロ野球選手に限らずJリーガー、プロゴルファー、オリンピックのメダリストやウィンタースポーツの方など、種目の幅もすごく広がりました。
野球界の中でも、現役のころは所属していたタイガースのコミュニティだけだったのが、いまは別の球団の方やNPBや選手会の方々、高校・大学の野球関係の方々というところまで広がってきています。
野上デュアルキャリアのサポートを始められてからの手ごたえみたいなものはありますか?
奥村そうですね、立ち上げて半年程度ですが、私を知ってくれている選手が少しずつ増えてきています。知ってもらえていることがまずは大切だと思っていますね。自分が引退してセカンドキャリアを考えたとき、選択肢がすごく狭かった。打撃投手などで野球界の中に留まるか、別の場所で選手を続けるか、野球に関連した仕事に就くか、飲食業に行くか。これぐらいの選択肢しかなかった中に、士業という道やそれ以外の仕事も含め、現役選手たちの選択肢を広げることができているのではないかなと思います。
また、資産形成や税金に関するセミナーを開催した時に、終わってからご質問をいただく選手が出てきて、少しずつ興味を持っていただけている実感が出てきています。
プロアスリートとしての成功プロセスとその後のキャリア形成を接続させることが大切。
野上具体的に選手がぶつかる課題の中で、多いものは何でしょうか?
奥村やはり金銭面です。なので、どのようにお金を引退後に残しておくかをお伝えして、選手の方の意識づけをしています。自分がそうだったのでなかなか難しいとは思っているんですが、私が苦労した実体験を生かし、反面教師としていただけるようにお伝えできればいいなと思っています。
野上ただ、それだけで収まっていくものでしょうか?「若さ」というのもあるように感じますが。
奥村もちろんそうですね、プロにいる間に劇的に変わるかというと正直難しいところはあると思います。今プロにいる選手は、いかにプロでパフォーマンスを発揮するか、いかにプロで長く活躍するかというのが一番大事だと思いますし、一番幸せなことだと思うのです。その軸をブラしてはダメだと思うんですよ。いずれあなたは選手ではなくなるから今のうちに将来に備えておきなさい、というロジックだと難しいと思っています。
今のプロスポーツ選手としてのキャリアを伸ばすことが、将来にも繋がるんだということを一番意識してほしい。さっき(前編)も言ったような練習や試合での課題発見力や、課題解決力は、真摯に野球やスポーツに向き合うことによって育っているんだということを認識しておけば、自分がいざ引退して次のキャリアを選ぶ時の選択肢を広げられると思うので、野球に対して真摯に取り組み、考えながら、自分を高めていくことが重要だということが伝えられればいいのかなと思っていますね。
学生にもそういう話をしているのは、学生は将来のプロ野球選手、プロスポーツ選手の予備軍ですよね。学生時代からそういうことができる選手はプロに入っても自然とできるはずなので、将来を見据えて啓蒙できたらと思っています。文武両道という言葉がありますが、文武両道というのは私の中ではデュアルキャリアの一つの構成要素だと思っているんです。それがやりやすいのは、学生時代の学業と部活動の両立にあると思うので、いかに学生時代にそういう癖付けができているか、それができている選手がプロに行けば可能だと思います。
選手も採用企業もアスリートの本質的能力に気付き理解すれば、社会の大きな力となる。
野上最後に今後セカンドキャリアを迎える選手や採用企業に向けてメッセージをいただけますか。
奥村選手に対しては、「野球で自分が培ってきた能力は野球に関するものだけじゃない。」ということを強く認識して欲しいと思ってます。よく戦力外通告を受けた選手が、「自分は野球しかしてきていないので、野球しかできません」と言うのを耳にするんですが、決してそんなことはありません。先程お話した通り、課題発見力や課題解決力が自然と養われていますし、最近言われている多様性についても長けていると考えています。
例えば野球では、外国人選手もいる中で文化の違いやコミュニケーションの違いと向き合いますし、そもそもタイプの違う選手がお互いの力を補いあって一つのチームになって戦うのがチームスポーツの醍醐味です。これは多様性を認め合いながらプレイしているということです。
スポーツで培ってきたことは、ホームランを何本打ったとか、何キロの球を投げられるとか結果自体は使えなくても、そこに至るプロセスは、ビジネスの世界でも、何かを学ぶという局面でも、必ず役に立つ能力です。
それをプロという最高峰の舞台で経験してきたことは必ず力になるので、「自分には野球しかない」ではなくて、「自分はここまで野球をしてきたからこそ、次の世界でも生かせる能力が育ってるんだ」と捉え、自分で自分の可能性を閉ざさないで欲しいと強く伝えたいです。
一方で採用する企業側には、今の話の反対の捉え方をしていただきたいです。多くの場合、スポーツをしてきた選手の強みは、根性とか上下関係とか会社の指示をよく聞くなどの部分がフォーカスされ、それ以外はそんなに能力が高くないと評価されがちです。でも実はそうではなくて、これだけの能力を持っている素晴らしい人材なんだとご認識いただきたいです。
パソコンの使い方や名刺の渡し方など、ビジネスに必要な一般的な知識やスキルが乏しいというのは、やはり多くの時間をスポーツに費やして生きてきた選手にとってはやむを得ない部分だと思います。ただ、それを習得するための能力は育っているので、後からいくらでも身につけられます。逆にその習得する能力自体を後から育てようと思ってもなかなか難しいと思うんですよね。そこにフォーカスいただいて、いろんなチャンスを与えてもらい、選択肢を広げてもらえると、社会にとって貢献できる人材がたくさん出てくると思います。
選手側が意識を変え、受け入れ側のチャンスの間口も広がってくると、様々なところでプロスポーツ選手がマッチングでき、多様性が増して、社会の力になっていくのだと強く思っています。