2008/04/04
デジタル事業局MouRa部長|服部徹氏 株式会社講談社

才能の網羅がつづる出版の未来像
出版不況や活字離れなど出版社を取り巻く状況が悪化する中、持ち前のコンテンツをWeb、紙媒体、携帯電話などに展開し、新たな出版社像を模索する講談社。Webマガジン「MouRa」の部長である服部徹氏にWebマガジンや出版の未来を聞いた。
紙を超える勢いでデジタルメディアが増える中、独自のコンテンツを小説やマンガといった形で世に送り出してきた講談社。Webマガジンや電子書籍など新たな分野に切り出し、出版物やコンテンツをクロスメディアで展開している。その試みの1つに、趣味やニュース、グラビアなどのコンテンツを集めた Webマガジン「MouRa(モウラ)」がある。個人の才能を"網羅"し、21世紀の出版とコンテンツの新しい在り方を模索し続けるMouRa、その部長である服部徹氏に話を聞いた。

- 講談社、デジタル事業局MouRaの服部徹部長
ITmedia 講談社とインターネットビジネスとの出会いとは。
服部 1996年から97年にかけて大手出版社が相次いで人物や社会、風俗を扱った雑誌を出し、そのすべてが廃刊に追い込まれました。講談社ではその失敗を基に新たな媒体を立ち上げることになりました。同時期に週刊誌「FRIDAY」がインターネットで展開しはじめており、こうした経験もふまえて、1999年6月にオリジナルコンテンツを集めたWebポータルサイト「Web現代」のパイロット版を創刊しました。
雑誌や本では成功してきた講談社ですが、Webは運営の仕方さえ分からないという状況でした。Web現代が走り出した頃はわたしを含む担当者が「サーバって何?」といったレベルでした。Webのノウハウが無い中で、とにかく"やってみるしかない"と思い立ち、Web運営にはげみました。
ITmedia Webで雑誌のコンテンツを配信する企業の先駆けとして、当時は苦労も多かったのではないでしょうか。
服部 オリジナルのコンテンツをWebで配信したものの、それと収益をどのように結びつけるかに苦心しました。いろいろ考えた末に、講談社が持つ資産であるグラビアや占いといったコンテンツを課金形式で配信することに決めました。Webの課金コンテンツが売れるのかと不安でしたが、300円のコンテンツを購入するユーザーが1万人も出てきたのです。その後iモードの誕生やWebでコンテンツを配信するライバル企業も増えてくるなど、競争が激化しました。Webコンテンツも売上げが立つことは実感できましたが、ワークフローや組織体制が定まらないまま走り続けていました。
ITmedia 2005年にWeb現代をMouRaに刷新しました。コンセプトには"21世紀の出版や新しいコンテンツの在り方の追求"を掲げています。
服部 今の若い世代は情報収集にインターネットや携帯電話を使い、本や新聞は読みません。生き残るためには、出版社の発想をWebに運用しようと考えるのはある意味必然でした。講談社が持つさまざまなコンテンツを多岐にわたって配信し、それを読者が取捨選択します。生き残った要素を集約したものが結果的にコンセプトとなりました。恥ずかしながら、明確なコンセプトは初めから持っていなかったのです。
生活者視点がないWeb運営は負け戦
ITmedia MouRaの運営手法は確立しましたか?
服部 経験則で、こうすれば収益が上がらないということは分かるようになりました。デジタルコンテンツの錬金術を逆説的に述べましたが、やり方は依然として確立されていないということです。状況は常にわれわれの先を行き、考え出した企画や見せ方も状況に追いつかないという感覚です。

- 企画が上がればどのようにクロスメディアとして展開するかをしつこく考えます。コンテンツは「創って半分、伝えて半分」です
運営手法を改めたという点では、顧客や読者といったユーザーの視点を今まで以上に意識するようになりました。これまでは、編集者が面白いと感じたコンテンツを作り、それが利益につながればいいといった安易な手段を取っていました。仮説に基づいてビジネスを進めるといったことができていませんでした。
例えば、調理のステップを細かく記述した料理本を出していますが、生活者の可処分所得やリテラシーが高かった時代にはそれが受け入れられました。しかし、今の読者はそんな内容を求めていません。仕事帰りにスーパーで食材を買う人の多くは"料理をすること"より"食べること"を欲しています。雑誌が売れなくなるという状況に直面して、生活者が本当に何を求めているのかを考えなければならないと気づきました。Webでビジネスを営む場合、ユーザーの行動パターンやニーズを考えないことは、負け戦へ挑むことに等しいのです。
ITmedia 出版社がWebでコンテンツを扱う際の強みと弱みはありますか?
服部 出版社の強みはこれまでのノウハウを基に、コンテンツ作りにキャラクターやストーリー、世界観といった要素を追求できることにあります。これらの要素は時代、性別、国境を越えて世界に波及します。海外で日本の小説やマンガが注目を集めていることからも明らかです。出版社はこの強みをないがしろにしてはいけません。
今の話と通じる部分もありますが、日本は世界に向けて独自のコンテンツを配信できる力があります。例えば健康や美容、食といった分野は世界に誇れる日本独自のものを持っています。雑誌に目を移すと、今女性誌などは新しい企画がなく、読者層も限られ、広告出稿の額も一定の枠を抜け出せていません。そういった状況を見ていると、コンテンツに世界が求める価値を付与していく必要があると強く思います。もちろんMouRaのスタッフにはそれを意識したコンテンツ作りを求めています
生活者の気持ちをつかむのが上手くないことが弱点です。出版社に勤める人は当然本を読むことが好きです。しかし活字離れや出版不況といった言葉が象徴するように、本は読まれなくなっています。コンテンツの作り手とその受け手である読者の間で、意識のかい離がないようにしなければなりません。
作家の才能がデジタル部門へ流出することを良しとせず、紙媒体という狭い分野で権益を守ろうとする保守的な人が多いのも問題です。当の作家は Webやケータイに書きたがっている場合が多い。出版社はこれまでの常識からいかに抜け出し、保守的な風潮を打破するかという視点が必要です。
メディアではなく、才能と心中
ITmedia 保守的な人材が多いとのことですが、求める人材像は積極性を重視するのでしょうか?
服部 問題解決・提案型、変化を恐れない、明るく前向き、コミュニケーション能力に長けている、情報を共有できる、費用対効果を計算できる―ざっと挙げるとこのような要素を見ています。
タイタニックを撮影したジェームズ・キャメロン監督は、とてつもない映画を効率の良い予算で作り、期待以上にヒットさせるといった優れたプロデュース感覚を持っています。タイタニックの逸話ですが、キャメロンは沈没シーンでタイタニックを動かす特注の装置をクレーンとして流用できるように設計して、メキシコの鉄工所に売り、予算を浮かせられるように発注したそうです。彼は映画をただ撮影するだけでなく、経営視点を持って作ることができるのです。

- 休日は子どもと公園で遊ぶという服部氏。子どもの顔を見ながら「成人した時に彼女が幸せになるように、地球が少しでも良くなっていれば」とはにかむ一面も
例えば書籍が100万部売れたら売り上げが幾らになるか、手掛けているプロジェクトの果てにどれだけの利益が見込まれるか、そういったことを想像できる感覚が必要となってきます。「間もなく100周年の歴史ある講談社はつぶれない」と考え、自らを変えることに保守的な人ではだめです。
ITmedia MouRaが目指す次の姿は?
服部 目指すものはまだ見えていませんがたどりつくべきものはユーザー視点、これは間違いありません。「ユーザーや読者のために才能と心中しても、メディアとは心中しない」ことを心掛けています。
今はWebや携帯電話、紙媒体など個人の才能を世界中に広めるメディアはたくさんありますが、それは日々変化しています。今後メディアがどうなるかは誰にも分かりません。そのような中で出版社の立場として言えるのは、われわれは確実に作家や個人の才能とはつながってゆくということです。
おもしろくてためになるという講談社のコンセプトをMouRaという才能の受け皿にプラスして、説教くさくなく、楽しく、いつのまにか読者のリテラシーが上がっているようなコンテンツを提供し続けていきたいですね。
本記事は、2008年2月のITmediaエンタープライズに掲載されたものを転載しております。